皆さま、ごきげんよう。ローデリヒです。
オーストリア人で、本名はローデリヒ・エーデルシュタインといいます。
エーデルシュタインとは高貴なる石という意味で、それにちなんで私の祖先が自らそれを名乗ったと聞いています。
エーデルシュタイン。どうですか。私にぴったりのファミリーネームでしょう。
「ローデリヒ」
「はい。なんでしょう、ルートヴィヒ」
「紅茶を一杯もらえないか」
「それくらい自分でお淹れなさい。お馬鹿さんが」
「……悪かった」
「ああ、一緒に私の分も淹れていただけますか。クインメリーでお願いします」
「…………」
苦虫を噛み潰したような顔をして、「Ja」と言ってから、同居人であるルートヴィヒは出ていった。
さて……私の紹介の途中でしたね。
自分でいうのもなんですが、この通り、私はなかなか恵まれた外見を持っております。美しい漆黒の髪の毛に、美しい白い肌、美しいアメジスト色の瞳……ほら、どこを取っても美しい。
自慢ではありません。ただ、美しい両親のもとで、何不自由なく良い教育を受けただけです。二度言いましょう。自慢ではないのですよ。ただ、美しく生まれただけなのですよ。
生まれですか。私は貴族です。
名門ハプスブルグの血を引く最後の末裔。
今は落ちぶれてしまっているのですが……早い話が借金で。家にいることも出来なくなった私たちの一家は、現在夜逃げ同然であちこちに散り、日々せっせと借金を返済するお金を貯めている最中です。
家族とは、定期的にこの小鳥で連絡を取っています。ほら、この子です。かわいいでしょう。撫でさせてあげても良いのですよ。
落ちぶれたとはいえ元貴族。私は優しいのです。さあ。
「おい、お坊ちゃん! オレさまのことり知らねえか」
「いつから貴方のものになったのですか、ギルベルト。ピヨさんは私のものですよ」
「オレのだよ!」
「貴方のものは私のものですから、このピヨさんは私のものです」
「あのさあ」
「ピヨベルト」
「混ぜんじゃねえよ」
彼の名前はギルベルト。一応、この家の主です。
昔からのよしみで、今私はこの家にかくまって頂いているのです。父や母は、スペインとフランスで暮らしていると聞きました。彼の古くからの友人ということですから、きっと優しくして貰っているでしょう。
父上、母上。ローデリヒは元気です。
この家でしっかりと務めを果たし、内職に精を出し、必ずや借金を返してみせましょう。そうしていつかはまたあの美しいオーストリアの屋敷に……。
……あっ。これは。
「ピヨベルト!」
「それ、鳥の名前じゃねえのかよ!」
「鳥の名前はピヨさんです。それよりも、貴方、これは一体なんですか!」
私の大きな声で、肩にとまっていたピヨさんがぱたぱたと飛んでいく。驚かせてしまいましたが、今は目の前の事の方が大問題です。
「何ということを……貴方という人は」
私は唇をわなわなと震わせながら、ゴミ箱の中から黒い靴下を摘まみあげた。
それは、まだ洗濯をしたばかりだというのに、軽くほこりをかぶって紙くずの中に埋まっていた。
ばらばらにならないよう、クルリと丸めてワンセットにしておいた靴下。三足で10?もする高級品。
込み上げてくる怒りを抑えきれず、彼の赤い瞳を下から睨みつけて大きな声で怒鳴った。
「この! 靴下は! なんですか、何故ゴミ箱に入っているのですか! 捨てるおつもりですか!」
「え、いや、穴があいてたからよ……」
「愚かな事を……っ恥を知りなさい!」
「いてっ」
哀れにもへたりとなってしまっているその靴下を、ギルベルトに向かって投げつける。
それはぺっちんと音を立てて、彼の鼻っ柱に命中してぽとんと落ちた。
「まだ……まだ、繕えば履けるではありませんか。繕いものなど五分で終わる作業だというのに、貴方はその労力すら惜しみ、使わなくても良いお金を使い、ゴミを増やし、この靴下を作った人達の心を踏みにじるおつもりなのですね。何という傲慢でしょう。私は認めませんよ!」
「わ……わかったよ。縫えばいいんだろ。まだ履きゃあいいんだろ」
「……わかれば良いのです。さあ、私が縫って差し上げましょう。あと、その汚れたデニムも脱ぎなさい。膝が破れていますよ」
「これはダメージ加工っていってよ……」
「アップリケはパンダさんでよろしいですね」
「聞けよ。縫うなよ」
胸をなで下ろしてから、私はついでにギルベルトのデニムも引き下ろした。ギルベルトは口を尖らせながらも素直にいう事に従い、「どうせなら小鳥にしてくれ」と言っておパンツ一丁のままリビングの方に向かって行った。
「あー……オレ様、午後のドルチェ買ってくるわ。何がいい」
「……いけません。無駄遣いでしょう」
「午後のティータイムは無駄じゃねえだろ。ザッハトルテでいいか」
「……貴方とルートヴィヒの分も忘れないでくださいよ」
「へいへい」
ギルベルトはそう言って、小鳥に舌で合図をすると、頭にピヨさんを乗せたまま二階に続く扉を開く。
ほんのりと少し温かくなる胸をおさえて、私は繕いものの靴下とデニムをソファに置いて立ち上がった。
キッチンでティーカップとソーサーを準備しているルートヴィヒに、声を掛ける。
「ルートヴィヒ。ギルベルトが買い物に出ましたので、紅茶を少し待って頂いて宜しいですか」
「ああ。ならば待っている間にピアノを弾いてくれないか」
「良いですよ。何になさいますか」
「小犬のワルツを」
「貴方たち二人は、いつもそれですね」
「好きなんだ」、とはにかむように笑うルートヴィヒに私も小さく微笑んで、リビングにある大きなピアノの蓋を開いた。きちんと調律されたグランドピアノ。中古のものではあるが、これは、彼ら兄弟が私の為にと買ってくれた。
父と母が持たせてくれた何冊かの古い譜面を譜面台に乗せる。ポーン……と響く高い音を両手で鳴らしたら、ルートヴィヒはソファに座って目を瞑った。
父上。母上。
ローデリヒは、この通り幸せにしております。
オーストリアの屋敷に戻れた際には、この二人を招いても良いでしょうか。
どうか父上達も身体に気をつけてお過ごしください。
愛をこめて。ローデリヒ。
PS、フランシスやアントニオたちにつられて、くれぐれも深酒はなさらぬよう。
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