「ハイ、アルフレッド。年末のパーティの件だけど、店押さえてる?オーケイ、ありがと」
「もしもし?ああ、それ?じゃぁ俺がやっておくから、うん。任せて」
「明日?ごめんちょっと難しいかも……ちょっと、また連絡する。バイ!」
ああ、忙しい、忙しい。いつもあくせく走り回ってる俺だけど、年の終わりの総決算、年末は特に忙しい。
学期末のテスト、冬休みの課題作り、家の掃除に、アルバイト。
試験が終わったと思えば今度は所属してるアメフトチームの忘年会、サークルの打ち上げ、友達とのパーティのセッティング。
更には、この時期ばんばんかかってくる、家族からの電話攻撃。
元気でやってる?体は壊してない?今年は帰ってこれるの?
ああ、元気だから、ちょっと今、手が離せないからまた後でかけるよ。
ロクに寝てない状態での鳴り止まない電話。ぴるぴる鳴る携帯をぱかりと開けて、眠い目擦って、耳に当てる。
『アルフレッド、今年は一緒に実家に帰ろうよ』
「ハイ、マシュー。ごめん、今年は無理そうだ。君だけでも帰ってよ。ダディとマムに宜しくと伝えて」
『君、そう言って去年だって帰ってないじゃないか』
「来年こそは顔を出すよ。ごめん、キャッチ入った。またね!」
兄弟からの電話を話の途中で無理やり切って、ハイ、と次の電話を取る。
眠い、どうしよう。眠たい。こんな状態での電話なんて相手に失礼だと思いながら、うとうとしながら何とか応答。
第一声に『クリスマス』という単語を聞いて、ああ、なんて今更ながらに、思い出した。
クリスマス?ああ、そういえば、今日だったね。
ごめんよ、今日は夜からアルバイトがあって。また誘ってよ。
うん、俺も。じゃあね。
最近仲良くなったばかりの女の子からの電話を5秒で切って、そのままジャケットを羽織って、マウンテンバイクのハンドルに手を掛ける。
そうか、世間はクリスマスか。
道理で大きなツリーやリースや、カップルが溢れていると思ってた。
そういえば、俺の企画してたあのパーティ、成功したかな。顔出そうと思ってたのに、忘れてた。
一体自分は何の為にこんなにバタバタしてるんだろう。
皆の為?自分の為?
びゅんびゅんと頬を刺していく冷風に顔を顰めて、がちゃがちゃと自転車のペダルを漕ぐ。
走り回ってる毎日、一人でいるとたまに思う。
何で俺はこんなに毎日忙しいんだ?答えは出ない。
あー、帰って少し寝たら、バイト行かなきゃ。
アパートの家賃だって払ってないし、年明けには学費も入れなきゃならないし…。
雪の中を猛スピードで走る、赤と青のカラーリングのマウンテンバイク。
バイト代はたいて買った愛車は、凍結しそうな路面でもへっちゃらの何とも頼もしい相方だ。
まぁ、おかげで他のものが何も買えなくなってしまって、手袋してない手はかじかんで正直死にそうだけど。
ききぃっと前輪を浮かせてブレーキかけて、真っ赤になった掌を、はぁっと息をかけて温める。
只今、N・Y気温は氷点下。
吐く息を真っ白にしながら、ぼろぼろのダウンジャケットのポッケから、クッキーモンスターのキーホルダーのついてる鍵を取り出して。
ちょっと、寝る前に、暖かいものでも食べよう……カップヌードルとか。
貧乏学生らしい、古いアパートの扉の鍵穴をがちゃりと廻して、立て付けの悪い扉を開ける。
ぎぃぃと古臭い音を立てて外側に扉が開いたと同時に、突然、思いもよらない光景が視界一杯に広がった。
「………………ッ!???」
雪で真っ白な外の世界から入った、古いけれども落ち着く我が家。
扉を開けたら、また外に出てしまったのかと思った。
見渡す限り、一面の白。
持っていたキーホルダー付きの鍵が、右手から滑り落ちて、ちゃりんと足元で小さく鳴る。
……な……何だ?
一瞬目を疑って、擦って、後ろを振り向いて、一度扉をぱたりと閉める。
表札を見る。『ジョーンズ』、合ってる。
もう一度部屋の中を見てみたら、部屋中に広がっている白色は、雪の色ではなく、それは羽だと言う事に気が付いた。
「……………?」
羽………?
鳥の羽?に、しては、少し大きいような……それよりも、どうして俺の部屋が鳥の羽まみれになっているんだ。
羽毛布団でも破けたかと思ったが、それにしてはやはり大きい。
泥棒?鳥持って?それとも、窓の鍵掛けてなかったから、白鳥の群れでも尋ねてきた?
足を一歩踏み出せば、玄関まで落ちてる白い羽が、空気の振動でふわりと足元で小さく動く。
何だか踏んではならないような気がして、裸足になって、手で避けながら、部屋に入った。
がちゃんと扉を閉めれば、薄暗い部屋の中で真っ白な羽が浮かび上がる。
一体、何なんだ。
恐怖や不審よりも好奇心の方が勝って、少しドキドキしながら奥へ続く部屋へと足を向ける。
安い、小さなボロアパート、一応二部屋あるけど、扉を外して繋げてしまってるので、この扉を開ければ逃げ道は無い。
泥棒か、それとも友人の悪ふざけか。恐らく後者の方が近いだろう。
まさか、ホントに白鳥がいたりして。
白い息を吐きながら、部屋の扉に手を掛ける。
がちゃり。
きぃ、と年期の入った扉を開けてみれば、予想外に、おかしなカッコをした男が、ベッドの上に座ってた。
おかしなカッコ、もし君がここに居たならば、間違いなく同じ事を思うに違いない。
天使が居た。
「………ハイ。やぁ、天使さん?こんにちは」
「ハ、ハイ。ナイストゥミートゥ」
「ファイン、サンクス。もし、俺が忘れてるだけだったら申し訳ないんだけど…………俺と会った事は?」
「大丈夫だ、お互い、初めましてだ」
「……初めまして」
大きな羽に、頭の上には金色の輪っか。性別は男。
大丈夫だ、じゃ、ないだろう。
『My name is Arthur, Alfred.』
そう、ベッドの上にいる男は笑って、細い腕を差し出した。
金色の髪に、宝石みたいなグリーンの瞳、少しそばかす跡の残る頬。
最初の俺の予想通り、このキュートな顔の男はどうやら天使らしい。
キュートっていうか、子供みたいなだけだけど。
実際に本当に子供なら、可愛らしいと微笑むだけで終わるんだけど、見たところ、恐らく同年代。
天使のカッコして初対面の人間の家に不法侵入するには、痛すぎる。
笑う男の表情には、別におかしな所はない。
おかしいのは、何故彼が俺のベッドの上で寛いでいるのかと言う事と、その、格好だ。
ゆきんこみたいな白い肌、暖房器具の無い俺の部屋で彼が見に纏っている物は薄手の白い布一枚。
ワンショルダーになってて、ああ、ほら、宗教画で描かれるような、天使みたいな。
想像付く?恐らくその想像で合ってるぞ。
頭の上のわっかはぴかぴかきらきら、光ってて。
玄関からこの部屋まで溢れている白い羽根の正体は、この人が背中につけている大きな羽だ。
ていうか、こんなに部屋が羽根だらけなのに、まだ背中の羽はふさふさで、彼が笑うたびにそれはばさばさ散る。
一体、何なんだ、この人。
俺の友達の友達……?に、こんな変な人、いるんだろうか。
「ええと、アーサー?一体、俺の部屋に何の用かな」
「アルフレッドだろ?お前の願いを、叶えようと思って」
「………………?」
「探してたんだ。ホントは朝のうちに来たかったんだけど、お前いつも家に居ないから。
 だったら、待ってればいいかなと思って」
「……探してた?俺をかい?」
「うん。ほら、もうすぐクリスマスが終わっちまうぞ。願いは何だ?」
「願いって」
「オレ、落ちこぼれだから、いっこしか叶えてやれないけど」
これでも一応、天使だから。
にこっと笑う男に、ああ、この人、本当に可哀想な人なんだと、心の底から同情した。
聞けば、自称天使のこの男は、天使の中では落ちこぼれの半人前で、どうやらこれが進級試験のようなものらしい。
どこの世界でも、試験があるというのは同じだなぁ。
早く一人前になって、オレを馬鹿にしてた奴等を見返してやる。そう鼻息荒く語る天使さまに、ふぅんと相槌を打ちながらパーカーを脱ぐ。
暖房の無い部屋、上半身裸になると冷気が直接肌に刺さる。
ああ、エアコン欲しい。
ぶるっと身体を震わせて、少し襟の伸びたセーターを頭から被って立ち上がったら、少し慌てた様子のアーサーに手を取られた。
「何処行くんだよ?」
「え、バイトだよ。アルバイト」
「その前に、願いを言ってくれ!」
「えーと、そうだな、じゃぁ、俺がバイト終わるまで待っててくれよ。まだ決められないから」
「今じゃなきゃ駄目なんだよ、何か無いのか?
 かっこよくなりたいとか、ガールフレンドが欲しいとか」
「生憎どちらも間に合ってるよ。ねぇ、君、寒くないの?見てるこっちはすごい寒いんだけど」
「天使はお前ら人間と違って軟弱じゃねーんだよ」
「ああそう……」
最近流行のヒートテックの肌着に手編みのセーター、この上にダウンまで着ても寒いこの部屋では息が白く凍るのに。
馬鹿みたいに露出度の高い彼の格好は、意地や根性で出来るものでもないんじゃないかなと俺は思う。
白い肌には鳥肌ひとつ立ってない。
人間て、思い込み一つで体温調節も出来るんだろうか。
くしゅん、と小さくくしゃみして、子供みたいなきらきら光る緑の瞳を覗きこむ。
……バイトが、あるんだけどなぁ。
今じゃなきゃ駄目?そう聞いてみたら、「今言ってくれ」と、強い口調で返された。
「願い…願い、ねぇ、えーと、あ、そうだ。寒いし、何か暖かいものが食べたいな」
「暖かいもの?何だ、欲の無い奴だな。そんなの、オレが今から作ってやる」
「え?」
「キッチン借りていいか?」
「え、いや、ちょっと。それが叶えてくれた事になるの?」
「ばーか、そんなちっぽけな願いで天使を使うな」
ばさりと大きな羽を揺らして、裸足のまま、ぺたぺたとキッチンへ向かう痩せっぽちの天使。
ちょ、ちょっと。
途中の扉で羽が邪魔してひっかかって、ふぬ、と言いながら、アーサーは狭いキッチンでの調理を始める。
何でもいいと言ったのに、こういう単純な願いは駄目なのか。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、慣れた手つきで鍋に火をかける男を見て、心の中で小さく白い溜息をつく。
……じゃぁ、君にここを出て行って貰いたいっていう願いもダメなのかな……。
流石に本人目の前にして「帰って」とも言えず、だって、外すごい雪だし。
「……あ。もしもし、急で申し訳ないんだけど、今日のシフト変わって貰えないかな。
 うん、ごめんよ。年始のシフトは全部入るから。本当?有難う。じゃぁね」
ガールフレンドの居ない同僚を選んで電話して、もう一度、はぁ、と小さく、溜息をついた。