| 何が、クリスマスだ。 |
| 何がイエス・キリストの誕生日だ、感謝祭だ、浮かれおって、ただのメーカー側の商業合戦ではないか、馬鹿馬鹿しい。 |
| 普段キリスト教の教えを守っている訳でもない癖に、宗教の特定日にお祭り気分で騒ぎたておって。 |
| 熱心な宗教者への配慮をし、無宗教の人間は少しは慎んだらどうなんだ。 |
| 学生の本分は、学業だろうが。勉学だろうが。 |
| 人生の先輩方の知恵を学び、日々勉学に励み、いつか出る社会へ貢献する為に知識を頭へ詰め込むのが、使命だろうが! |
| 目の前をキャッキャウフフと笑い合いながら寄り添って通り過ぎる恋人たち、一目も憚らずに心も溶けよとばかりに愛を囁く若者たち。 |
| 深々と降る雪は限りなく白く、また、限りなく、冷たい。寒い。 |
| 地面から吹き上がる冷気はボトムの裾から容赦なく下半身へと入り込み、まさに、身体の心から冷えるとはこの事だ。 |
| 降り積もる雪は、俺の頭の上に。こんなに大雪になるとは。 |
| 天気予報士の助言通りに持ってきた大きな黒い傘は、道行く腰の悪い老夫婦に譲ってしまった。 |
| そもそも、他の奴等はどうしてああいったご老人に目を向け、助けようとは思わないのか。 |
| 全く、どいつもこいつも、どいつも!こいつも! |
| 頭に降り積もる雪を溶かさんばかりの勢いでかっかしながら、既に感覚の無い拳を、コートのポケットの中でぎゅぅぅと搾った。 |
| 初めに言っておく。 |
| 決して、俺はクリスマスにトラウマがある訳でも、ましてやこの浮かれまくった街中で一人寂しいのが気に入らない訳でもない。 |
| キリスト教徒にしてみれば一年間の中で最大の祭典であり、それは感慨深いものであろう。 |
| 家族とゆっくりと家で過ごす、結構じゃないか。愛しい者と愛を囁くのも尚結構。素晴らしい日ではないか。 |
| 学校での試験に追われ、休みもなく、一緒に過ごす家族もおらず、恋人もおらず、加えてキリスト教でも無い俺にとっては、何ら関係の無い、素晴らしい日だ。 |
| ああ、結構、結構。いいか、俺は、気にいらない訳でも、機嫌が悪い訳でも、ましてや寂しいわけでも、断じて無い。 |
| もう一度言おう、断じてだ。断じて! |
| 『あっ、もしもし、ルート?』 |
| 「遅いぞ!一体雪の中人を何分待たせれば気が」 |
| 『ごめぇん、俺デート入っちゃった〜。俺を吃驚させようと思ってたんだってー。だから今日行けない』 |
| 「は?」 |
| 『よく考えたら、クリスマスに男二人ってのものね〜!ルートも誰か誘ってシャンパンでも開けなよ〜。んじゃ、また新学期に。ちゃお!』 |
| 「なっちょっおま、おい、おい!」 |
| ぷつりと切れる友人からの、何とも軽薄な10秒電話はその後ツーツーと無常な電波の音に変わる。 |
| あんまりに頭に来て、そのまま携帯電話を圧し折ってやろうかと思った。 |
| チャオじゃないだろう、チャオじゃ!!! |
| 折った所でまた買い直さなければなるまい、叫びたいのを必死に堪え、しゅーしゅーと頭から湯気を出す。 |
| 人通りの多い中、ツーツーと言ってる電子音に一人で叫ぶ訳にはいかない。 |
| 目の前には大きなクリスマスツリー、しんしんと降り積もる白い雪。 |
| 願いが叶うという何処からか流行り出した都市伝説、カップルに人気の観光名所の中で俺は一人で、携帯電話を持つ手を震わせる。 |
| 入学式に買った黒いコートは急激に伸びた身長についていけず、新しいものを買う事も出来ないまま二年半。 |
| 袖が短い。寒い空気が入って、更に寒い。 |
| クリスマスに男二人でツリーってのもね〜。 |
| ……お前が、見たいと、言ったんだろうが…………………!!!!!! |
| かじかむ右手の中で携帯電話をみしみしと言わせながら、俺は髪に積もる雪を溶かす勢いで、ぷしゅぅと頭に血を昇らせた。 |
| ※ |
| ガン!ガン!と古い鉄製のアパルトの階段を、荒い足取りで音を立てて上る。 |
| よく育った自分の大きな身体では壊れてしまいそうだが、今はそんな事に構ってるような気持ちの余裕は無い。 |
| 幼い頃からの腐れ縁で数少ない友人の、イタリア人。 |
| 毎度毎度手を焼かされたり振り回されたりで、慣れてはいたが、今回の件は流石にキレそうだ。 |
| 3階までそのままの足取りで上り、鉄十字のキーホルダーのついた家の鍵をデニムのポケットから出して、がちゃりと入れる。 |
| 越してきた時から立て付けの悪い扉、ぐっとドアノブを引っ張って外に開いたら、外と何ら変わらない冷たい空気が迎えてくれた。 |
| ああ、クソ! |
| 冗談じゃない、勉強の時間を削ってまであいつの我儘に合わせたのに、しかも雪の中! |
| 部屋に入るなり薄っぺらいコートをばっさと脱ぎ捨てて、暖房の無い部屋の中で、白い息を吐いて悪態をつく。 |
| 吐く息は白く、鼻で呼吸をすれば、鼻腔の奥がつんとする。 |
| 穴の空いているセーターに腕を通してがりがりと頭を掻いたら、外から持ってきた雪の名残がぱらぱら散った。 |
| 金色の髪は、所々が凍ってる。 |
| 家の中も氷点下なんじゃないかと思いながら、かじかむ指にはぁっと息をかけて、ぎっ、と古い勉強机に向かって参考書を開いた。 |
| 決して裕福ではない両親に我が侭を言って通わせて貰っている、私立の大学。 |
| 何とか奨学金を受け取れるようにはなったけれども、まだまだ安定しない成績は、気を抜けばあっという間に下に落ちる。 |
| 我ながら分不相応でなないかと思う学校で、必死に喰らいついている所なのだ。寝る間も惜しんで、時間を割いて、アルバイトも掛け持ちながら。 |
| 人を2時間も雪の中に待たせておきながら、予定が入ったから今日は行けない、だ、と……? |
| ふざけているにも程がある、ああ、頭に来る、あのスーパーミラクル自由人め!! |
| 頭に来すぎて、机に広げている参考書の文字は全く頭に入ってこない。 |
| 明日からまたアルバイトがあるのに、クソ、あの、ヘタレのバカマカロニ。覚えていろよ。 |
| どす黒い溜息をつきながら眉間に皺を寄せて、再度参考書に目を向けた時に、後ろから突然、男の声が聞こえた。 |
| 「辛気臭せー顔してんなぁ、お前」 |
| 何とも無礼な男の声。 |
| 思わずぎょっとして、顔を上げる。 |
| 後ろ?ではなく、斜め後ろ……というか、上。 |
| ちょうど左上後ろあたりから落ちてくる声に、持っているシャープペンシルの芯をぼきりと折った。 |
| 実家から持ってきた、古い木製の回転椅子。 |
| ぎっ、と音を鳴らして身体ごと振り向いたら、そこには何も居なかった。 |
| ……………………? |
| 確かに、声が聞こえたかと思ったんだが……。 |
| 疲れているのか、寒い中外に居たから熱でも出たか。 |
| 釈然としないまま眉をしかめて、もう一度回転椅子を鳴らして、机に向かう。 |
| 今日は早く寝た方がいいかもしれない。 |
| 右手に持ったシャープペンシルをかちかちノックして溜息をついたら、再度、今度は真上から男の声が落ちてきた。 |
| 「クリスマスなのに、お前、予定の一つも入ってねーの?」 |
| ガタン! |
| 幻聴ではない。 |
| 今度こそはっきりと聞こえた若い男の声に、すぐさま顔を上げて、上を見る。 |
| 真上に人なぞ、思いもしたが、上から聞こえたのだ。若い、歳の変わらなさそうな男の声が……。 |
| 聞き覚えの無い声だ、知り合いではない。不法侵入者め、泥棒か? |
| 手に持っている参考書をぐっと握り締めて天井を見上げたら、そこには自分の想像していた物とは全く違うものが、浮いていた。 |
| 若い男。歳は自分とそう変わりはないだろうか。 |
| きらきら光るプラチナの髪の毛に、少し切れ長の、ルビーの瞳。真っ赤なその瞳は少しだけ嬉しそうに細められている。 |
| 笑った口元から見える、尖った八重歯。 |
| 真っ白なシャツに、同じように白い、細めのデニム。 |
| そして……プラチナの髪と同じようにきらきらと光る、大きな大きな、白い羽。 |
| そこには、昔絵本で見た様な天使の格好をした男が、天井付近で浮いていた。 |
| 「…………天使?」 |
| 「お。お前オレ様が見えんのか!良かったー誰も気づいてくれないから、一人楽しすぎた所だぜ」 |
| 「……不法侵入者め、何処から入った。警察を呼ぶぞ」 |
| 「ちょい待ち、オレ様もわかんねーんだよ。気が付いたらこの部屋に居て」 |
| 「何を言っているんだ」 |
| 「ははは!オレもわかんねー」 |
| 大きな羽の生えた男は大きな口を開けて笑う。 |
| 白い歯に赤い舌、この男には赤と白の色しかない。 |
| 一体、何なんだ。アルビノ種のような外見の、天使の男。 |
| 俺にはこんな知り合いは居ない。 |
| 男は嬉しそうに笑った後に、ふわりとそのまま降りて、殺風景な部屋の真ん中で、どかりと図々しく胡坐をかく。 |
| 「お前の名前は?」と尋ねられて、俺は、ぎぃ、と椅子を鳴らしながら「ルートヴィヒ」と、静かにむすりと答えた。 |
| 「ルートヴィヒ?いい名前だな、カッコイイ」 |
| 「お前は」 |
| 「忘れた!」 |
| 「忘れるか」 |
| 「マジだって、わかんねーの。なぁ、ところで、お前何か叶えて欲しい願いとかねぇ?」 |
| 天使の格好をしたおかしな男は、にっと八重歯を出して笑う。 |
| 随分唐突だな。そう言ったら、天使の男は「これしか覚えてなくて」と大きな羽を撫でて言った。 |
| 一体何の目的、というよりも、何なのだろう。 |
| 透ける様な白い肌に白い羽、加えてきらきらと光るプラチナの髪。 |
| まさか、本当に天使などではあるまい。幻覚?だが、自分の想像している天使の姿と、よく被る。 |
| 不吉なほどに赤く光る少し切れ長の瞳は、天使というよりも、悪魔の様だが。 |
| 狭い部屋で男がばさばさと羽を動かすと、はらはらと大きな白い羽根が沢山散った。 |
| 「願い?」 |
| 「おう。仕事なんだ、初仕事。どうやらオレ様はお前みたいに寂しくしてる奴の願いを叶えなきゃなんねーらしい」 |
| 「らしいって……」 |
| 「わかんねーんだよ、オレも。記憶が曖昧でよー……でもかっこいいオレ様の事だから、きっと何でも叶えてやれるぜ。何でも言ってくれ」 |
| 「待ってくれ、何の話だかさっぱりついて行けん」 |
| 「いやーオレ様もさっぱりだ」 |
| ケセセ、と特徴のある声で天使は笑う。 |
| 全身白の、天使の男。男は、ぎぃ、と音の鳴る古いベッドに腰掛けて、背中の大きな羽を揺らす。 |
| 自分の意思で動くように出来ているらしいそれは、男が軽く撫でるだけで、真っ白な羽根がぱさぱさ抜ける。 |
| 後で、どう掃除をしよう。 |
| 知らぬうちに眉間に皺を寄せて白い男を眺めていたら、背中から生えている羽が、片方無いことに気が付いた。 |
| 「……左の羽は、無いのか?」 |
| 「ああ、うん。みてーだな。お前の願い叶えたらくれるって言われた」 |
| 「何なんだ、だから、願いというのは」 |
| 「話のわからねー奴だな。オレもだな、気が付いたらこんなカッコで外に居たんだよ。 |
| かたっぽに羽が生えてるからなんだなんだって思ってたら、偉そうな奴が現れてだな。オレ様が見える奴の願いを叶えに行って来いって。 |
| そしたら、残りの羽をやるってさ」 |
| 「……お前は一体、何なんだ?」 |
| 「知らねぇ」 |
| 「……………………」 |
| 「多分天使」 |
| あくまで呑気そうに笑う男、何かドラッグでもやっているのかとも思ったが、発言意外におかしな所は見られない。 |
| 第一、羽が。動いてる。先ほどは宙に浮いていたし。 |
| 俺が疲れて、夢でも見ているだけなのか。夢か、恐らくそちらの方が正解に近い。 |
| どうせ夢ならば、相手にする必要も無い。 |
| ベッドに腰掛けている男をどかして、ごそごそと、使い古したマットレスに潜り込んだら、男は「おい!」と牙を剥いてぼろぼろの毛布を剥ぎ取った。 |
| 「何寝ようとしてんだよ、願いは何だっての!」 |
| 「では俺に安眠を」 |
| 「ちっちぇー願いだな!まぁいいか、じゃぁ、オレ様が直々に添い寝をして子守唄でも歌ってやる」 |
| 「……結構だ、魘されてしまいそうだ」 |
| いそいそと一緒の毛布に入り込んでくる天使の男の腕を掴んで、引っぺがす。 |
| 白い手首、掴んだ瞬間に、ぞわっと背中に虫が走る。 |
| 「あんだよ!」と叫ぶ男の腕は、驚いて手を離してしまいそうになる程、細く、そして、冷たかった。 |
| 「……寒いか?」 |
| 「あ?別に」 |
| 「身体が冷え過ぎだ。悪いがヒーターが無くて……これを着てろ。だいたい、この寒い中何故シャツ一枚なんだ」 |
| 「寒くねーって」 |
| 部屋着にしているニットのカーディガンを掴んで、細い肩に羽織らせる。 |
| 背中の羽が邪魔で着ることは出来ないので、前から引っ掛けるように。 |
| いいって、と口を尖らす男の腕を掴んで、再度、その冷たさにぞっとした。 |
| 白い体。作り物の、石像のようだ。血の通っている気がしない。 |
| 真っ白な顔、それでも頬は少し紅潮しているのに、同じように顔に手をあててみても、感じる温度は同じ。 |
| 体温を分けてやろうと両手を握っても、骨ばった掌は温まっていく気配すら、感じられなかった。 |
| 男はそんな俺の気持ちをよそに、ひざ掛けの様になってるカーディガンを弄りながら、俺の目を見て話を続ける。 |
| 「言われたんだ、ここに来る前に。クリスマスが終わる前に仕事を終わらせて来いって」 |
| 「俺の願いを叶えるのか、仕事なのか?」 |
| 「そう、そう。朝になる前に、叶えないと。ほら、何か言えよ」 |
| 「……そう言われてもだな」 |
| 願いごと……、冷たい男の手を握りながら、何かないかと、硬いと言われる頭をくるりと廻らせる。 |
| 言われてみても、誰かに願うような願望は持っていない。 |
| 今の状況で強いて言うのならば、昨日の時点で、今日2時間待たされた友人に今日の約束を無しにさせる、とか。 |
| 言ってみたら、案の定「いくらオレ様でも時間を巻き戻す事はできねー」と銀色の眉を顰められた。 |
| ………………結局、では、どんな願いなら叶うんだ。 |
| 同じように俺も金色の眉を顰めて、この日何回目かの白い溜息を吐きながら、俺は、夢なら早く醒めてくれ、と心の中で呟いた。 |