|
|
| 愛しいなぁ。そして、大変無防備。 |
|
| 隣でくぅくぅ音を立てて眠る恋人を見て、こんな時にふと思う。 |
| 乱れた寝具、湿ったシーツ、淫猥な匂いの残る狭い部屋。 |
| 身体年齢では4つも違うくせに、よくからかわれている顔は確かに幼くて、 |
| こんな風に無防備に眠っている時は子供のようにも見える。 |
| 汗でしっとり湿った額に手を当てたら、恋人は一瞬体を捩った後、すぐにへらりと笑みを浮かべた。 |
| ばか面。ほんと。 |
| そのままするっと髪の毛の中に手を入れて、湿った頭皮を撫でてやるとぱさぱさと傷んだ金髪が揺れる。 |
| アーサーは口の中で何かむにゃむにゃ言いながら、鼻から小さく息を吐いた。 |
|
| こうして、俺が小さな頃は、彼も頭を撫でてくれたりしたんだろうか。俺が眠ってるときに、こうして、優しく。 |
| 余りに早く成長してしまったから、小さな頃の記憶はあまり無いのだけど、彼と一緒のベッドで眠るのは大好きだった事は覚えてる。 |
| 見た目はあまり変わらないけど、少しだけ今よりしっかりした体格をしていて、でも今よりも声は高くて。 |
| へたくそな子守唄をBGMに眠りに着くのは、すごくすごく、好きだった。 |
|
|
| 愛してるよ、アル。オレの大事なアルフレッド。 |
|
|
| その時はまだ世界は今のように安定してなくて、特に彼のいた現EUというのは常に何処かと争っているような状況だった。 |
| 喧嘩早くて頭のキレる恋人は、その時代は大層荒れていたらしく、敵も多かったと聞いている。 |
| 人を裏切ったり、裏切られたり、兄弟にも命を狙われたり。 |
| 数ある植民地の中で、何故俺をあんなに慈しんでくれたのかは、わからない。 |
| もしかしたら他の植民地の奴らにも同じように愛を注いでいたのかもしれないけど。 |
| 多忙なスケジュールの中、いつもくたびれて、それでも嬉しそうに訪ねてきてくれた当事の兄は、 |
| 常に愛してると言って、俺に優しいキスをくれた。 |
|
|
| いつからだったかなぁ。もう、本当に覚えてなんかいないんだけど。 |
| 惜しみなく注がれる愛情が煩わしくなって、言葉使いやら服装やらに口煩く干渉されるのが嫌になって。 |
| いつの間にか追い越してしまった身長や、声変わりした声帯に、急激な俺の変化に、彼も少し戸惑ってるみたいだった。 |
| 大きいと思っていた手は、自分が大きくなってみれば意外に小さくて、いつも頼って後ろに隠れていた背中は思った以上に壊れそうで。 |
| こんなにでっかくなった俺を、痩せた体で、傷を追いながら庇っている彼を見たら、なんだかお互いがすごく滑稽に見えた。 |
|
| もう、俺は君に守ってもらわなくてもいいんだ。そんなに、頑張って俺を庇わなくてももういいぞ。 |
| 俺は、もう一人で歩ける。 |
|
| そう言って手を広げて笑ったら、アーサーは気に入っていた、俺とペアになってるティーカップをするりと手から落として、 |
| エメラルドの瞳を大きくさせて固まった。 |
|
|
| がちゃん、ぱりん、スローモーションのようにテーブルクロスに乗っていたティーセットが落ちる。 |
| 俺の為に、いつも火傷をしながら焼いていてくれたスコーンも、油っぽい手作りのクリームも、彼は決して好きじゃないマスカルポーネのチーズも。 |
| 破片が大きく飛んで、アーサーの白い頬をぴぃっと切った時、 |
| そこで初めて彼の瞳からぼろぼろと涙が溢れている事に気がついた。 |
|
|
| なんで、なんでなんでなんで、なんでだ、許さねぇぞ、アルフレッド。 |
| オレから離れるなんて、なんで、どうして、誰が、お前をここまででかくしてやったと思ってんだ、ふざけんな! |
|
|
| 驚いた。 |
| 普段、オレの前では決してうろたえる姿なんか見せないアーサーが。 |
| 正直、すごく驚いた。驚いたと共に、失望した。 |
| 冷静で、沈着で、常に笑って頭を撫でていてくれた兄が、こんなにも取り乱して。子供のように、泣き喚きながら。 |
| 呆然と、頭ひとつ小さな金色の髪を見ていたら、彼は髪と同じ色の眉毛をしかめて、ぎっと俺を睨みつける。 |
| この顔も、初めて見る表情だった。 |
|
| 誰に、言われたんだ。そそのかされたんだ、アルフレッド。 |
| お前がオレを裏切る筈なんて無い。そうだろ、アル! |
|
| 割れんばかりに声を荒げて、叫んで、兄は俺の胸倉を掴んだ。 |
| 身長が足りない、全然、力が入ってない。違う、彼が弱いんだ。俺よりも。 |
| ぶるぶる震える、自分よりも細くて薄い腕を見て、もう自分には似ていない顔をした兄を、心底哀れに思った。 |
|
|
| どうして、俺が君を裏切るって発想になるんだい、アーサー。 |
| 俺は、君から離れようと思ってる訳じゃない。裏切ろうなんて、思ってない。 |
| ただ、君の背中がもう俺を守るには小さくて、傷を作るたびに辛そうで、抱きしめてもらうには窮屈で。 |
| これからは、俺が守ろうと、そう思ってるだけなのに。 |
| 何で、そんなにみっともなく取り乱して、泣き喚くんだ。いつもみたく、しゃんとしなよ、アーサー。 |
|
| そう言って、困ったように笑ったら、彼は一層顔を険しくして、ふざけんな!と怒鳴った。 |
|
|
| 認めない、絶対、絶対ぇ、認めない! |
| 泣く、喚く、暴れる。目の前の小さな兄は、髪を振り乱して怒鳴る。 |
| アーサー、落ち着いてくれよ。お願いだから怒鳴らないで。 |
| いいか、これからオレ以外と口きくな、会議ももう行かなくていい、誰とも話すな、顔を合わすな! |
|
|
| 悲鳴のように叫ぶ彼の真意はその時は全く分からず、ただただ俺は困惑して、 |
| 失望して、逆にこっちが泣きたくなって。 |
| 彼の言う事を素直に聞こうとするには、俺はもう自我が確立しすぎてた。 |
|
|
|
|
| 「もう、何百年になるのかなぁ。ねぇ。ダーリン」 |
| 西洋人にしては少し低めの小さい鼻を、意地悪できゅぅっと摘んでやると |
| 眠っている恋人はぷきゃっと何だか変な音を出した。 |
|
| 無理やり勝ち取った彼からの独立は、俺が思っている以上に大きなダメージを与えていたみたいで、その後100年くらいは彼は荒れに荒れていた。 |
| 口なんてきいてくれる筈もなく、顔を合わせれば虫でも見るような目つきで睨まれて、 |
| 普段温厚な俺も、何度頭を沸騰させたかなんて覚えてない。 |
| 殴り合いの喧嘩だって、何度もした。何度も何度も、わかってもらおうと努力した。 |
| その度に大声で泣く彼を抱きしめて、また殴られて、キスをして宥めて、その繰り返し。 |
|
| お前なんて、お前なんて、どうせ俺が嫌いなくせに、うざったかったんだろ、畜生、畜生。 |
| 何度も違うと言って、愛してると嫌に成る程繰り返して。 |
| 繰り返してるうちに、ようやく何故彼から独立したがってたのか、自分の中で合点がいった。 |
| ここまでくるのに、実に200年。この人のことをにぶちんといつもバカにしてるが、自分も結構相当だ。 |
|
|
| 頬に、小さく音を立ててキスをして、俺もごそりと彼の横におさまる。 |
| 起こさないように首の下に手を入れて、優しく優しく肩を抱き寄せたら、熟睡して暖かい体がすぽりと胸に収まった。 |
| 痩せっぽちの、薄い体。細い背中に小さな肩。 |
| 背中に手を廻してみれば、指に触れるのは昔の深い傷跡、主に弾痕。 |
| こんな小さな背中で、俺を守ってくれていたんだな、君って人は。 |
| 少し葉巻き臭い、彼の匂いのする体は胸が痛くなるほど愛しい。 |
| 俺が一人で歩くと言い出したあの時の、君の気持ちが今なら少しはわかるよ。アーサー。 |
|
| あれから、10年単位で愛を叫んで、時には元弟の立場を利用して口説いて、ようやくしぶしぶ手の中に落ちてきてくれた |
| 大切な、暖かい家族で、愛しい恋人。 |
|
| まだまだ彼は俺を弟扱いして、こんな風に恋人として愛し合うのも戸惑ってる彼だけど、 |
| 一度兄弟の関係を壊すのにも、あんなに長い年数が必要だったんだ。 |
| これから、まだまだゆっくり時間をかけて、いちから作っていけばいい。 |
| 既に200年経ったこの時代、自由に愛を囁けるなんて、本当に平和でいい時代だよね。 |
| アルフレッド。小さく、うわ言のように呟くのは、君がつけてくれた俺の名前。 |
|
| 君が大好きな妖精の王様と同じ、この名前に恥じないように、これからは俺が君のヒーローになるから。 |
|
|
| 無意識にすり、と顔を寄せてくる恋人の、同じシャンプーの匂いのする髪の毛にキスをして。 |
| 愛してるぞと呟いて、俺も静かに瞼を下ろした。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|